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X線光電子分光法(XPS、ESCA)の原理・特徴(チャージアップ)
(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)
XPSでは、有機物などの絶縁物も測定できる事を特徴としているが、厳密にはX線照射によって試料から電子が放出されることから、絶縁物の場合には徐々に正に帯電するチャージアップ現象が起きてしまう。チャージアップが起きるとスペクトル全体のシフトやピークの歪みなどが誘発される。そのため、一般にはフラッドガンと呼ばれる低加速の電子線シャワーを照射する中和銃が装備されており、これによってチャージアップを補正することになる。
通常は全ての元素が同様にチャージアップすることが多いが、稀に、試料の状態によっては元素ごとに微妙にチャージアップの状態が異なることもあるので注意が必要である。いずれにしても、チャージアップの補正にはテクニックや経験が必要であると言える。また、中和銃と共に試料固定の方法などの工夫によってもチャージアップを大きく改善できることもある。
ここで、チャージアップによる影響とマスク法によるチャージアップ軽減の例を紹介する。下記の例は、ポリイミドフィルムを測定したものであるが、本来のポリイミドのスペクトルに比べて全体がブロードであり、本来は二山になるべき主ピークが一山で第2ピークとの谷も不明瞭になっている。しかし、実はこのスペクトルは全くチャージアップ補正の処置をしていないわけではなく、フラッドガンによる調整は行われている。しかし、一般的なフラッドガンによる帯電補正だけではチャージアップが十分に解消されず、このようなブロードなスペクトルとなってしまっている。これは、ポリイミドの誘電特性等によるものであるが、ポリイミドに限らず帯電中和の難しい試料は少なくない。ポリイミドのように材料自体の特性による場合の他にも、異なる材料の組み合わせが原因となる場合など様々なケースがある。このため、単純な帯電中和銃の使用だけに留まらない工夫が必要となることも多い。
そこで、フラッドガンの使用に加えてサンプリング等による帯電中和の同じ試料に行って再度測定したスペクトルを示す。その結果 チャージアップによってブロードニングして歪んだスペクトルが下図のように本来のポリイミドのXPSスペクトルとして得ることができる。チャージアップの補正方法はフラッドガンやサンプリング等に限らず、Arガス、中和イオン銃の利用など様々な方法が検討されているので、それぞれの試料の状況に合わせて独自の工夫を重ねることが重要である。
チャージアップは通常の表面測定だけに限ったものではなく、、デプスプロファイルにおいてもチャージアップの問題には更なる注意が必要なことがある。デプスプロファイルを始める前に中和銃を調整しておいても、いざ、デプスプロファイルが始まると途端にスペクトルが歪むことがある。これは、デプスプロファイルでは通常アルゴンイオンを用いるが、これが正イオンであることから、これの照射によって試料の帯電状態が変化してしまい、中和条件が崩れることが原因と考えられる。このような場合には、エッチング後に適当な待ち時間を設定して測定を開始するなどの工夫や、場合によっては自動測定ではなくマニュアルでサイクルごとに手動で再調製を行う必要ことが必要な場合もある。
また、例えば、金属表面にできた酸化物に対してXPSを用いてデプスプロファイルを行うことは典型的な分析例の一つと言える。このような場合、酸化物層から金属層に変化する界面近傍でスペクトルが大きく歪むことがある。これも、絶縁物から導体に変化することで帯電状態が変化することによるものである。このように、デプスプロファイルにおいてはチャージアップに対して様々な現象が起きることがあるので、十分に注意しながら測定を行う必要がある。
XPSは試料ダメージがほとんどない手法として知られているが、X線や中和銃として用いる電子線のダメージを受けやすい試料もあることからその影響に注意しなければならない。特に、ダメージによる影響は通常表面側ほど大きいことから、極表面分析であるXPSはより強くその影響を受けやすいと言える。例えば、有機系フッ素は非常にダメージを受けやすく、測定中にフッ素組成が減少することがある。そのため、このようなダメージを受けやすい試料の場合には、積算時間を極力短くしたり、ダメージを受ける元素や関連する元素を先に測定するなどの工夫が必要になる。
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