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博士課程進学の意味
世間で博士課程修了者、いわゆる、「ポスドク」の活躍の場、就職先が無いということが騒がれて久しく、「野良博士」なる言葉まで囁かれるような状況である。本来は高度な専門知識と研究経験も持っている優秀な人材として活躍することができるはずである。しかし、現実には前述のように博士課程を卒業しても行き場が無いという人材が溢れていると言える。
このような状況になってしまっている原因には様々なことが考えられる。一つには、博士課程進学者の絶対数の増加があげられる。過去には、経済的な理由も手伝って、本当に研究したいテーマがある一部の人たちや、研究室の後継者として卒業後には在籍研究室の助手などになることを前提とした修業的な意味合いでの進学というのも少なかったようである。
しかし、社会情勢の変化などもあって、経済的理由の障壁が低くなり、進学するだけであればある程度の学力があれば可能な土壌が出来上がったことで博士課程進学者の増加傾向が見られるようになった。しかし、大学を始めとする研究機関の定員はそれに追随していなかったために、一般企業への就職や有期雇用技術者、補助員などに卒業後の進路を見出すことになったが、いずれにしても余剰傾向を生む土壌の元になっていくことになった。
そして、その後の景気後退で大学卒業後に希望する就職先が見つからないという理由から大学院に進学するケースが生まれてきた。これによって、さらに絶対数の増加を生み出し、余剰傾向を加速していくことになってしまったと考えられる。当然、これらの進学者の中には、明確な研究テーマを持たないまま、居場所として進学したものも含まれていたはずである。このような者たちは、残念ながら満足のいく成果を上げることができず、そのために大学も含めた各種研究機関に進むことが難しい状況が容易に想像できる。したがって、これらの卒業生たちは一般企業への就職を求めることになるが、現実には多くの企業で修士修了者の採用には積極的であっても、博士取得者については消極的であった。
このような絶対数の増加で博士余剰状態を生んだとしても、最初に述べたような優秀さから博士号取得者に十分な魅力があれば、より優秀な人材が欲しい企業や研究機関は修士や学士のかわりに博士取得者を選ぶはずである。しかし、現実にはそのようになっていないのはなぜであろうか。もちろん、一言で言えば採用側にとって魅力が感じられないということになる。では、本来高度な専門知識と研究経験を持つ人材のはずなのに魅力を感じない理由はどこにあるのか。
一つには、その高度な専門知識と経験が企業にとっては邪魔になるということあげられる。中途採用者であれば、目的とする分野の専門知識と経験は大きな魅力となる。これは、中途採用の目的が即戦力の獲得にあるからといえる。ただし、この前提として即戦力としてだけでなく、社会人としても問題が無いという必要がある。しかし、博士課程修了者は残念ながら社会人経験が無いために、それを補う教育が必要になってしまうので本当意味での即戦力としての魅力が薄れてしまうといえる。
これにも増して大きな影響を与えているのが、企業と大学で異なる文化である。研究開発の進め方から人材育成、事業方針に至るまでそれぞれの企業が「文化」を持っており、どの企業も新人教育から中堅教育にわたってその文化の教育に多くの時間とコストを費やしている。学士や修士のレベルでは、多くの場合まだ自分のスタイルというものを持っていないので、それほどの違和感無くその教育に入り込んでいくことができる。しかし、博士号取得者になると、自分のスタイルというものを確立してしまっている傾向が一般的にみられる。企業においては部署、担当ごとの役割の中で集団として物事を進めていくことが望まれる。そのような中で、文化の異なる人間がいるということは和を乱すリスクを高めるという判断がなされる。すなわち、企業としては、相容れない可能性のあるスタイルを確立してしまっているかもしれない人材よりは、一定レベル以上の基盤があれば、必要な知識や技能は入社後の教育で身につけさせるので、ある意味無垢な人材の方が魅力的な場合がある。
このような状況を代表とした様々な背景から、博士余りの状態になってしまっているというのが現実である。しかし、本当に博士ならではの魅力というのはそれほど無いのであろうか。ここで懸念点となっている研究スタイルは、別の言い方をすれば研究の進め方と言うことができる。そして、論理的で効率的な研究の進め方というのは、一朝一夕に身に付くものではなく、良い技術者のもとで研究を行うのが最も効率的なトレーニング方法であるといえる。この点において、博士課程修了者は恵まれた環境のもとで研究を行い、適切なスタイルを構築してきたといえるではないだろうか。
例えば、博士課程で研究を進めて博士論文を完成させるためには論文の活用が必要不可欠である。すなわち、論文を読んで最新技術の詳細を理解でき、その上で、「新しいものを作り上げる力」を持っているということである。過去を知らずして「新しいもの」は説明できず、意図的に「新しいもの」の開発をすることもできない。「新しい」と基準は常に過去の技術との比較によって成立するのである。そして、論文を活用することのもう一つの利点は、過去の論文で、問題がどのように定式化されているかを知ることであり、アイデアの正当性を高め、すでにパブリッシュされることによって認知された共通の言葉で表現できる点にある。論文活用は一例であるが、このようなことを数多く経験しながら研究を進めることで技術者としてのスキルを身につけてきたはずである。
残念ながら、企業内においては諸般の現実的な理由もあり、このようなことに割ける時間は決して多くない。場合によっては、理論ではなくテクニックでよい場合も多い。しかし、そのようなことを繰り返していっても、決して論理的研究の進め方というものは身に付かず、トラブルが発生した場合などに大きなしっぺ返しを食らってしまうことになる。これに対して、博士課程修了者はこういった経験を豊富に積んできているはずなので、マッチングさえ問題なければ大いに力を発揮するはずである。
しかし、残念ながら冒頭に述べたような意識のためか、博士課程修了者と言えども1人前技術者と呼べないことが多いのが現実である。本来であれば、博士という定義と1人前の技術者は同義であるはずにもかかわらずである。このような状況であれば、中途半端に色が付いていて、年齢的にも浮いてしまう人材を敢えて採用する理由は見つからない。
現状打破のためには、進学者本人も含めた輩出側の変革と共に、企業側も博士課程修了者の根本的価値に目を向け、博士号取得者も柔軟な思考をもって自己変革を行っていくという姿勢が必要、という双方の歩み寄りが重要なポイントであるといえる。今後の日本の科学技術の発展のためには、野に埋もれた優れた技術者が活躍できる場を作り出し、有効に活用していくことが必要不可欠である。もちろん、博士課程においても、将来の様々なフィールドでの活躍を視野に入れたカリキュラム内容とすることも必要であろう。また、博士課程進学者も自分のキャリアプランを明確にして、博士課程で何のために何をしてどんな成果を目指すのか。そして、その成果と経験をどのように活用していくのかということをきちんと考えておく必要がある。
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